政治家

枝野幸男の実家は父親が社長で母親は?兄弟や生い立ちについても!

日本が左右されると言っても過言ではない政治や選挙に興味を持ち始めたり、

興味がなかったりしても、この人物は何となく知っていると言う方は多いのではないでしょうか。

立憲民主党党首「枝野幸男」氏 東日本大震災の時には、

内閣官房長官の地位にいて スポークスマンとして注目を集めた人物。

原発事故の対応においては、

連日会見を開き情報提供をする姿から 海外メディアの一部からは海外ドラマ「24(トゥエンティーフォー)」に登場する 主人公「ジャックバウワー」と揶揄されてました。

Twitterやネット上ではエダノン(EDANNONN)との愛称で呼ばれてます。

そんな政界の荒波で一つの党首にも昇り詰めた、枝野氏の バックボーンとか気になりますよね?

どんな家庭環境で育ち、政治家を志したきっかけとは。

ご実家やご両親、兄弟のことなど枝野幸男の素顔に迫りたいと思います!

この記事でわかること

枝野幸男の実家は父親が社長だった

枝野幸男の母親はどんな人?

枝野幸男の兄弟はいる?

枝野幸男の生い立ちについて

それでは枝野幸男氏の父親についてからみていきましょう。

枝野幸男の実家は父親が社長だった

ご実家は栃木県宇都宮市、枝野幸男氏の父親の名前は枝野忠正さん。

枝野幸男氏が57歳(2021年10月時点)。

なので枝野幸男氏の父親の年齢は80代くらいでしょうか。

枝野幸男氏の父親は洗面台の製造会社の社長で経営者でした。

ただ、この会社を立ち上げる前は「カコストロボ」という、

国内トップのストロボ製造会社に勤めておりました。

枝野幸男氏が中学生の時に会社が倒産し、失業。

いつの時代も職を失うのは大変なこと。

しかも中学生の子供のいる家庭を支えるために働くのは並大抵のことではありませんね。

苦労の末、起業してしっかりと家庭を守った素晴らしいお父様です。

突き詰めた情報はネットでは出てきませんでしたが、

恐らく会社はまだ残っており、お父様もご存命かも知れません。


枝野幸男氏の父は社長ではありましたが、

政治家ではありませんでした。

昔からの政治家のイメージとしては、

父親や祖父、 親戚などに国会議員がいたりして政治基盤を引き継ぐことが多いのですが、

枝野幸男氏の家系には国会議員はいなかった様子です。

枝野幸男の母親はどんな人?

枝野幸男氏の母親の情報は調査しましたが、詳しい情報はありませんでした。

枝野幸男氏の母親名前は枝野光子さん。

ご存命であれば、枝野幸男氏の母親もおそらく80歳台でしょうか。

洗面台の製造会社を父親と二人三脚で経営を行っていたことの記載はいくつか見受けられま す。

それを踏まえると、家事も仕事もできる素晴らしい人物と想像できます。

幼少の枝野幸男氏も支えた、まさに「内助の功」ですね。

枝野幸男の兄弟はいる?

枝野幸男氏にはご兄弟はいない可能性が高いです。

と言うのは、

ご自身のコメントや今までのプロフィールを拝見させて頂いても特に目立ったコメントが見つからないからです。

父、母、ご本人の三人家族のご家庭で大切に育てられたことが 生立ちからも見受けられます。

枝野幸男氏は一人っ子っだったのかもしれません。

もし枝野幸男氏の兄弟の情報がありましたら追記していきます。

枝野幸男の生立ちについて

枝野幸男氏は幼少期、一般的な家族環境で育ちました。

枝野幸男氏の生い立ちについてまとめます。

お父様は社長でしたが町工場の一会社としての経営でした。

また、小学校から高校まで全て公立の学校です。

公立学校でも相当学業にも熱心な様子もあります。

またこの頃からリーダー的な資質もあり、

小学校では児童会長、中学校では生徒会長になっています。

中学校の部活は合唱部で、「NHK全国合唱コンクール」に出場し、

2年連続全国優勝とトップを獲得してますね。

歌は現在でも好きな様子で趣味はカラオケだそう。

高校では校内の弁論大会で3年連続優勝!

この頃から議員の資質もあった様子ですね。

大学は「東北大学法学部」に進学し、卒業後は弁護士になりました。

(早稲田大学も受験してます。早稲田に受かったらジャーナリスト、 東北大学に受かったら弁護士になると決めて受験活動していたようです。目的意識がはっきりされてます。)

また、政治家を志したきっかけは、

1992年に日本新党党首の「細川護熙(もりひろ)」氏の言葉、

「今失われかけてる理想主義の旗を上げて」 という言葉に感銘を受けたから。

そして政治の道へと進み、1993年の衆議院議員選挙で 日本新党公認で当選しました。

ここから、枝野幸男氏の政治家の道が大きく拓けました。

社会情勢が変わるのと同時に所属する党も変わったり出世をしていき、

新党を旗揚げしたりしていきます。


決して順風満帆ではないにしろ、

政治家としての発言力を強める要素は幼少期のハングリー精神やご両親の教育方針など関わっていることでしょう。

まとめ

今回は枝野幸男氏についてご紹介しました。

枝野幸男氏の父親は町工場の洗面台製造会社の社長。

父親が経営している会社で母親も働いており、

ご家族構成はご両親とご本人の3人家族でご兄弟はいない様子。

ごく一般的なご家庭で育てられた枝野幸男氏ですが、

生い立ちは小学校から高校まで全て公立校で勉学に励み、

中学の部活の合唱コンクールでは2年連続全国優勝、

高校の弁論大会では3年連続優勝。

児童会長や生徒会長も務め、幼少からトップに立つ気質があるハングリー精神溢れる学生時代から政治家の道がスタートしていたように伺えます。

政治を一般的な企業に例えるなら、雇い主は「国民」

政治家は「雇われ社員」です。

この立ち位置が本来の正しい構図です。

そして選挙は「面接」であり「査定」でもあります。

関心が高まる有権者が増えれば、「国民のために働く議員を選ぶ」という本来の選挙の機能が働 いて、今回の選挙から日本が変わるかも知れませんね。

まずは枝野幸男氏という政治家から今の日本を国民が見直すきっかけに この記事がなれば幸いです!

政治家の実家についてはこちらも

http://hangyojin.xsrv.jp/nodaseiko-kakeizu/

http://hangyojin.xsrv.jp/kounotarou-kyoudai/

最後までお付き合い頂きありがとうございました。